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ここに来る前から今までで思った事の紹介 

長崎大の大学院生が今僕の住む町に研究で来てます。
彼女の分野は公衆衛生だし、そもそも学生としてこの町に来て不便な中生活してるのを見ると、つくづく関心させられます。

そんな彼女が所属する、jaih-s(日本国際保健医療学会 学生部会)のサイトに僕の事を載せてもらいましたので紹介します。

jaih-s(日本国際保健医療学会 学生部会)

自分でも書こうかなと思ってたけどこっち見てもらった方が早いですので、興味ある人は飛んでみて下さい。

では〜。

ちゃんちゃん。
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エチオピアの大晦日は行き当たりばったり 

エチオピア暦の新年はグレゴリア歴の9月11日。

先日エチオピアでは2005年の新年を迎え、それ以外は特に変わりない毎日です。

そんな年越しの大晦日、2004年13月5日。エチオピアでは1月から12月まで30日ずつ。13月が5日あって1年365日なのです。

大晦日はメラウイから36キロ離れたエチオピア第2の都市バハルダールで同僚と市場をぶらぶらしてみたり、正月を迎える買い出しを手伝ったりとスローな日をおくっていました。

そんな昼下がり、市場の脇を歩いていると2人のおばさんが僕の同僚に声をかけて来ました。

「彼はアムハラ語がしゃべれるのか?」

と。僕自身その言葉を聞き取り理解出来たのですが、たまに知らん人に絡まれたりするのでなんのリアクションも取らずに同僚の受け答えを聞いていると、おばさんAが言い放った驚愕のセリフが僕の耳に飛び込んできました。

「私たちはバハルダールFMのスタッフで、今から生放送でインタビューに答えてもらいたいんだけど大丈夫?」

僕ではなく同僚に突然僕のラジオ出演交渉を始めたのです。

おい、おばさん。俺がしゃべるんだ。俺に聞け。

同僚も驚いて僕にどうするか聞いたからさあ大変。おばさんAは同僚との会話を遮って僕に一言。

「サラームノ?ウンクワンアデラサン!」
(どうも、こんにちわ。祝日おめでとう。って感じの意味。)

どうやら僕のアムハラ語力を試すテストのようだ。抜き打ちテストに緊張した僕はいつも普通に受け答えしてる内容にも関わらず少したどたどしくなってしまった。辱めやがっておばさんA。なかなか手強いな。

そんなこんなでテストも終わり、また同僚と話し始めた。時間があるなら出演してもいいかと思い同僚に出演OKの意思を伝えた。それと同時におばさんA・Bにある一つの条件をだした。

「ある程度のアムハラ語ならわかる。しかし難しい文法を使われるとわからないから簡単な言い方で頼む。」

生放送でどれだけの放送時間があるのかもわからない。返答につまったり見当違いの事を話したら恥ずかしいし、第一放送事故にでもなったら大変だ。

ラジオ好きの僕だからこそ出来る配慮だったと思う。

おばさんAが電話をかけ、何やら話している。局にかけているようである。ロケのスタッフでも呼び寄せているのかと思っていると、おもむろに同僚に携帯電話を向けて何やら話している。

同僚の少し緊張した顔、おばさんAのさっきまでになかったハキハキした口調。

すべてを悟った。

「放送始まった…。」

同僚のしゃべってる事があまりわからなかったのは久しぶりだった。質問の文法も、答えも今まで聞いた事がない程高度なものであった。

「こんな質問来られてみろ…まったく返せないぞ…。」

僕の顔色はほぼ白だったであろう。

おばさんA改め街頭レポーターの女子アナは僕の紹介を始めた。

意訳を含む
「ここでもう1人、外国人の方にも聞いてみたいと思います。お名前を教えて下さい。」

こんなもの簡単だ。少し緊張が和らいだ。しかし次の質問からは、まったくどう答えたらいいかわからない。
どうやらエチオピアに来てどのくらい経つのか的な質問のようだが…


めっちゃ文法むじー…。


今まで何千とこの質問を聞きその度に難なく答えて来たが、わかんなかったのは初めてだった。だいたいこんな感じだろうと適当に予想して答えた。すんなり次の質問が来たのであっていたのだろう。

しかしこのあとからの質問はめちゃめちゃ難しくて本当に理解に苦しんだ。

去年のエチオピアの新年は今年と比べてどうだった。
今年の新年はどうだ。
エチオピアの新年をどう思うか。
エチオピアの文化をどう思うか。
新年を迎えるエチオピアに一言。

の“ような”質問だったように思う。あくまで予想。そしてその予想に乗っ取り聞こえなかったふりを交え時間稼ぎをしながら回答した。もうどんな事を言ったのかはあまり覚えてない。緊張ではなく焦りで。

女子アナはありがとうと伝えスタジオにお返しします的な事をいい、インタビューを締めくくった。

終って電話を切って何事もなかったかのようにサラッと挨拶をして、おばさんA・Bは町に消えて行った。


めちゃめちゃ貴重な経験にはなった。

だが!おいバハルダールFM!俺がいなかったらどうしたつもりだ!全然アムハラ語ダメだったらどうしてたんだ女子アナのおばさんA!

そして何より放送時間ぎりぎりに行き当たりばったりでインタビュー相手を探すな!考えられんわー。

インタビュー後、同僚とこの件について話した。どうやら僕の回答は間違ってはいなかったようだ。よかった。
そしてバハルダールFMはローカル局だから聞いてる人はいないよとの事だった。少しほっとした。

その後自分の家に帰る途中知り合いに、「ラジオ聞いたぞ!」と言われて赤面したのは言うまでもない…もー!エチオピア!

ちゃんちゃん。

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南部諸民族州の民族たちに会いに行こうツアー 

もうかれこれ2ヶ月も前の話。7月上旬。

先輩隊員後輩隊員交えた計8人で南部諸民族州の民族たちに会いに行こうツアーを敢行。雨季も始まって道のりは険しいだろうという見解も吹き飛ばしてアジスアベバを出発しました。

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景色めっちゃよかったです。道中ずっと。最初でこそみんなバシバシ写真撮ってたけど…

移動3時間を越してからは車に乗ると眠くなる病にかかりまして…

どんどん車内からの写真は減りました。

th_IMG_2754.jpg

走れば走る程、民族出てくる出てくる。

とは言ってもだいたいの民族はその辺で売ってる服着てるし、自分の町の子どもたちと遜色ありません。

強いて言えば観光客慣れしていて、外国人が来るとすぐよって来て懐きます。

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3日目に起きたこの旅最大のトラブル。

南部諸民族州の民族たちに会いに行こうツアーのメイン民族と言っても過言ではないムルシ族の村に向かう最中のこと。

豪雨の影響でどっかの水が氾濫、道が封鎖されてました。

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ムルシの村に向かうにはここを通るしかありません。

ランクル強行。この川を渡る事に成功し、ムルシにあう事が出来ました。

ムルシは最悪でした。態度が悪くて僕はもう大嫌いです。

そんな帰り道…

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増水、そして野宿…

行くも帰るも一本道なので、その日は水の様子を見ながら野宿を余儀なくされました。

ムルシ最低。

下唇を切ってそこにお皿を入れるのがムルシの女性の文化。物珍しさに観光客はこぞってやって来ますが、その事にあぐらをかいて偉そうにしているのは、この旅であった民族中ムルシだけでした。別に観光客が偉いわけじゃないけど、観光資源として売っているにも関わらず仏頂面でいるのはよくないですよ、ムルシの皆さん。僕はこの旅でムルシが嫌いになりました。野宿も手伝って。

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その他は本当に楽しい事ばかり。メンツもほんと面白い人ばかりだし、民族との触れ合いがたくさんありました。

久々に言葉の通じない外国人感を味わって、外国に来ているというのを強く感じました。

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最後に行ったこのドルゼ族。僕は今旅であった民族で一番好きでした。

ムルシの反対と言ったところでしょうか。観光客大歓迎。みんな親切、ガイド、ドルゼの主食調理見学、試食、大人、子どもによる伝統舞踊披露まですべて込み込み1パッケージになって一括料金!タクシーや観光ガイドなど、外国人からたくさん取ろうと嘘の値段を言ってくるエチオピア人が多いなか、この民族は本当に親切丁寧で好感が持てました。若干高かったみたいだけど納得して払える金額だったと思います。ナイスドルゼ。


こんな感じ。エチオピアに長めに滞在出来るなら、南部諸民族州の民族たちに会いに行こうツアー、おすすめです。

みんな、ありがとう!
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Jah Lude---!!! 

ジャールーーードゥ!!!!


あー何回思い出してもあの思わせぶりな司会者腹立つ。


このブログだいぶご無沙汰だな。前書いたのからもう2ヶ月。早かったなー。


特に年度終ってからここまで1ヶ月。先輩の報告会見送り隊員総会等々。旅行もしました。それはまた今度。


で、このジャルドゥ。今エチオピアで超人気のレゲェシンガーなんですけどもね。


デビューしたてでいきなりアルバムめっちゃ売れちゃってライブをするってことになったのが事の発端。


エチオピアの歌手がライブするってほっとんどないんじゃないかな。少なくともここ1年半では聞いた事ない。


田舎に住んどいて自分目線で言われてもなんですけどもね。まーでっかいライブをやりますよってポスター見つけて、


じゃー行ってみるかってことになって行ったんです。7月7日だったかな?



このジャルドゥ、実は僕自身結構好きでCDも買ったんですね。結構楽しみにしてたし。





会場7時。ジャルドゥ出てきたの11時半すぎ。





前座なっがー。


出てきた頃にはもうハンズアップも出来ずにかろうじて動く膝を上下してレゲェのノリだけは保ちました。


むしろ前座何人かいた中のしらねぇおっさんのがジャルドゥより長い事出てたし。


また出てきますみたいなかんじで言ってたけど待ってても何時になるかわかんないし1時頃開場を後にしました。


レゲェのスーパールーキージャルドゥを持ってしてもエチオピア人気質は変わらないんだな。


前座を死んだ目で見てる時に思い出したのは、田舎町の高校のなっがいなっがい職員会議だった事は言うまでもありません。


無駄は省こうエチオピア人よ…


ま、何時までやってたのかは知らないけど、300ブルで6時間以上ライブでどんちゃん出来るなら安いんじゃないですかね。


ちゃんちゃん。

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手を差し伸べる 

割と昔から思う事の中に、人にやらせるより自分でやった方が早いってのがある。



最近自分は要領がいいと思うようになってきた(それで何とかやってきてるってだけで計画性がないので±0だけど…)

特にこの事があってそう思うようになってきたという訳ではないけど何となく。自分でやってしまった方が早いしうまく出来るし、誰かに任せたり静観したりする事はあまりなかったし、教師になってからも生徒に対してそういう面はうまくなかった。

ここエチオピアで教師をするようになってから学んだ、

「流すこと」

ここに来て自分の変化に気がついた。(全然まだまだだけど。)


エチオピア人と接する中で強く心がけてきた事の一つとして、簡潔に話すというのがある。元々自分は話が長く自分で言っててもわかりにくくなる事があるから。日本人になら何とか伝わる部分もあるけど、エチオピア人にもそうはいかない。

だから出来るだけ多くの事を簡潔に話そうとしてきた。

でもこれって今までと同じで、自分でやっちゃってることと変わらない事に気がついた。



これも言わなきゃ!
あれも伝えとこう!

なんて考えて全部自分でやってしまって、結局生徒は考えなくなる。話すこと多いし聞いても忘れる。よくしてやろう、困らないように、わかりやすくなんて思うけど実際はただのおせっかいで過保護だったんだ。


そう思えるようになって「流すこと」の大事さに気がつけた。

これは自分のおせっかいな気持ちを「流すこと」であり、過保護な自分からしたらかなり我慢が必要。自然に出来るようになった時はよかったが、気づいてからは意識しないといけない時がある。まだまだ身にはついていないようだ。

うまくいってない生徒にアドバイスしたい自分をグッとこらえてうまい生徒にアドバイスを促したり全体に指導してる時にそれっぽく言ってみたり、やり方は様々だけど、自分の体力的にもやりがい的にもすごくいい。


生徒にとって壁にぶつかることが重要だって言葉では理解出来てもその壁を作ってあげるのはなかなか難しい。
学校で考えるという活動が皆無と言っても過言ではないエチオピアの生徒にとってはなおさら重要で壁作りもより難しい。

でもその中でやらない、言わない勇気をもって、やらせてみる、考えさせる事が出来たとき、ムカつくエチオピア人の生徒がかわいく見えたり、出来た時の喜ぶ笑顔がすごくきれいに見えたりする。自分にとって手を差し伸べる事は、手を差し伸べない事なんだなと思えた。



自分でやるのは簡単だけど、やらない努力を心がけてみようと思う。



ま、結局文章は全然簡潔にはならないんですけどね~。
ちゃんちゃん。

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